2017年12月6日

【導入事例】教育のICT化の起点は、教室の中心にある「黒板」を進化させること[後編]

[前編]はこちら

教育のICT化というと、普通教室にプロジェクタや電子黒板を導入し、児童生徒にタブレットを持たせてアクティブ・ラーニングという公式が出来上がりつつありますが、東海大学付属相模高等学校中等部では、黒板自体をICT化させることを起点に教育のICT化を推進しています。同校のワイード+サンヤクブルーグレー黒板の導入事例後編では、同校副校長・教頭へのインタビューを通じて、「黒板のこれまでと、これからの在り方」を紐解いていきます。

授業における「共有」の本質とは

「新しい教育機器に対しては、慎重な姿勢で臨まなければならないと感じていました」

先進的なICT機器としてウルトラワイド超短焦点プロジェクタ「ワイード」の全教室導入を、そして既存黒板の面材を新しく「サンヤクブルーグレー黒板」に貼り替える工事を2016年9月に行った東海大学付属相模高等学校中等部。その主導的役割を果たした江崎雅治副校長が「慎重な姿勢」で臨んだ理由には、いったい何があったのでしょうか。

「教育界って、意外と新しいワードにみんなで乗っかっていくようなところがあると思っています。例えば、習熟度別授業、少人数制授業、シラバス、ゆとり教育…。古くはLL教室、CAI教室など。こういった言葉は今ではほとんど耳にしなくなっています。それだけでなく、この、いわば流行で培われたノウハウが、きちんと蓄積され、現在の教育に活かされているのかどうかの検証も十分とはいえないかもしれません。生徒たちにとっては、一生に一度しかない学年を過ごすわけです。流行に乗っかって、実験のような授業をすることはできないと私どもは考えています」

※東海大学付属相模高等学校中等部 副校長の江﨑雅治先生。インタビュー中は気がつけなかったのですが、よく見るとApple Watchを着けていらっしゃいました。ICT化を先導されるだけあってその片鱗が伺えます。

同校が目指している教育の1つは「生徒たちに、ICT技術と共存できる力を持ってもらう」ことです。人工知能の発達が何年後かには多くの職業を奪ってしまうともいわれています。生徒たちはそんな時代に社会へ巣立ちます。そこで生き抜いて、幸せに暮らせる力をつけてほしいという思いが根底にはあります。

では、多くの学校が取り入れ始めている電子黒板+タブレットの組み合わせを採用しなかったことには理由があるのでしょうか。

「授業で大切なのは、生徒全員が1つの考え方を共有し、議論するということなのです。これには教室の中心にある黒板という道具がとても合っているわけですね。みんなで同じものを見て、みんなで考える。それができるのが黒板なのです」

1クラス40人の生徒が各自タブレットを持ち、各自の考え方をタブレットに入力する。この40の考えは、ネットワークを使ってデータ上は共有されるかもしれません。しかし、それは本当の意味での「共有」になっているのでしょうか。

「40人がタブレットで考える。これは40の考えがバラバラに存在しているだけです。この40の考えを、教室の中心にある黒板に教師が集約をする。それに対して40人の生徒が一緒に考え、議論する。これが考え方の共有だと私は思っています」

※いくつかの授業を見学させていただきましたが、どの授業にも共通する感想が「従来と変わらない教室で、従来からある授業デザインの中に、でも着実にICT化が進んでいる」ということでした。先生の手にはiPad。どの先生もスムーズに、投影させたい画面をワイードから黒板に映して授業を進めています。

授業の流れを止めてはいけない

江崎副校長は、自身のことを「新しもの好き」と表します。当然ながら、電子黒板や教育用プロジェクタにも素晴らしい製品がたくさんあることはよくご存じです。しかし、「いずれも教室の中心には来ません。あくまでも黒板のサブでしかない。だったら、中心にある黒板を使って、子どもたちに必要な教育のICT化が実現できないか」という観点に至ったそうです。2年前に、教育機器の展示会を歩き回り、そこで出会ったのが黒板に投影する「ワイード」でした。

教師陣からもワイードの導入に反対する声はまったくなかったそうです。こういったICT機器導入の話になると、少数とはいえ、必ず反対をする教師がいるものです。しかし、ワイードに対しては全員が賛成でした。

「見た目がまったく以前の(プロジェクタ)と変わらないからだと思います。操作もリモコンが基本ですから、不安はない。それでいて、黒板という道具が格段に便利になる。それが一目でわかるので、みんな賛成したのだと思います」

最近の電子黒板は性能が格段によくなり、使いやすくなってはいるものの、それでも黒板に比べれば不自由な部分がまだまだあります。教室が狭くなる、画面が小さい、見づらい席の生徒が出てしまうといった制限も伴います。板書データの転送も機種によってはややこしい。書き込み用の電子ペンも、いちいちメニューから色や太さを選択しなければならない。

これら利便性とのトレードオフを、江崎副校長は「小さなことなのかもしれませんが、教師にとっては大きなこと(負担)です」と評しています。理由は、授業の流れを止めてしまう一因になるからです。では、従来の黒板には授業の流れを止めてしまう要因はないのでしょうか。

※インタビュー時にも同席いただいた同校教頭 森公法先生の授業風景より。ワイードをリモコンで起動し、iPadの画面が黒板に映り、目当ての題材を表示させるまでに要した時間はわずか10秒程度(①②)。意図と注意点をiPadで操作しながら説明します(③④⑤指で画像をピンチアウトすると、ワイド画面いっぱいにポイントを大きく見せられます)。ここまでに要した時間はほんの数分。授業開始から5分もかからず本題のグループ学習が始まりました(⑥)。

黒板のICT化≠電子黒板

「従来の黒板では、板書をしなければなりません。教師は生徒に背を向けて黒板に板書をしていきます。もちろん、背中に意識を集中してそのときですら生徒の動きを把握しようと努めますが、どうしても限界があり、意識が生徒から外れてしまう。これが授業の流れを止めていました」

教師は精密な組み立てを常に行いながら、授業の流れをコントロールしています。それによって生徒の理解力が大きく違ってくるのですから、授業デザインは極めて重要な要素です。そこで、授業の流れを止めずに理解力向上を図る手段として、同校ではワイードの設置と、既存黒板の面材の貼り替え(黒板への直接投影を見やすくする。前編参照)による「黒板のICT化」を選択したわけです。

ワイード導入後は、基本的な板書は事前にPCで作成しておき、iPadから一瞬で黒板に大きく投影できるようになったため、これまで必要だった板書の時間は限りなくゼロになりました。生徒に背を向けることもなくなりました。教師は、より理想に近い、柔軟な授業展開ができる環境を手に入れたわけです。

もちろん、あえて板書することはあります。例えば、数学などで思考のプロセスを一つひとつ生徒に見せていく必要がある場合。あるいは英語や古文、地理などで、示した教材のどこが重要であるかを示す場合。こういう場合は、板書を先につくっておくのではなく、あえてチョークを持って、解説をしながら板書をしていく。

「教師はワイードを使ったり、チョークを使ったりします。すべては、生徒の理解力を高めるために、もっとも適した方法を瞬間瞬間で意識して選んでいるのです」

※ワイードは表示領域が16:6ととても広く、また投影画面位置の、左右・中央への移動がリモコンで瞬時に行えるため、教師がこれまで行ってきた「生徒の理解力を高めるための黒板での工夫」を増幅させられることも特徴の1つです。

江崎副校長がこんな例えで、今の子ども達に求められている能力がどんなものなのかを示してくれました。

「昔の学校では、1600年に何が起こりましたか?――はい、関ヶ原の戦い。それで正解になりました。しかし、今の学校では、あなたが石田三成だったとして、どう行動するのが正しかったかと思いますか? そう問いかけをします。知識を身につけるだけではなく、知識を使って考え、その考えを他人にどうやって伝えられるか、が求められているのです」

これには、生徒たちの異なる考えをぶつけ合い、議論し、最後には全員が共感できる意見にまとめあげて、共有をすることが絶対に必要になります。江崎副校長は、この共有をする道具として、教室の中心に大きな黒板があることが絶対に必要だと説きます。

「黒板と紙のノートは、日本の教育制度が始まった明治以来ほとんど変わっていません。それは、黒板とノートにはやはり素晴らしいところがあるから、使われ続けているのではないでしょうか」

教育のICT化とは、新たなICT機器を近視眼的に導入していくことではありません。すでに評価が定まっている黒板、ノート、教科書といった情報を載せる手段をICT化していくことであり、それが教育を情報化させていくもっとも合理的な方法だということを、同校の事例は教えてくれているようです。

※東海大学付属相模高等学校中等部 教頭の森公法先生。「忙しい教師が、機器操作の学習に時間を取られず、自分の授業スタイルをそのまま展開できることがワイードの最大の利点」だと森先生は現場教師の実感を話してくれました。


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