2026年9月30日

幸せとは、何だろう ─ カンボジア訪問記 後編:地雷原で見たもの・高校訪問編

はじめに ─ 

初めまして。株式会社サカワの総務、坂和由紀子です。

2008年、当時の社長であり私の祖母の故坂和寿々子が中心となって、カンボジアに学校を寄付させていただきました。
前編では、18年ぶりに訪れたその「サマキ・サカワ小学校」のことを書かせていただきました。
後編では、その学校の周りに広がっていた景色について書きたいと思います。

前編でも少し触れましたが、タサエン村は、まだ除去されていない地雷と隣り合わせの場所にあります。今回、認定NPO法人 国際地雷処理・地域復興支援の会(IMCCD)の代表を務める高山良二さんに、実際の地雷原へ連れて行っていただきました。
そこで見たもの、聞いた話、そして訪れた高校の教室で感じたこと。すべてが、「幸せとは何だろう」という問いに戻ってくる旅になりました。

正直に申し上げると、この後編はうまくまとめられる気がしていません。それでも、忘れないうちに、感じたままを残しておきたいと思います。

タサエン村 地雷原へ向かう道

4分の3が、まだ眠っている

カンボジアでは、1970年代から1990年代にかけての内戦によって、膨大な数の地雷が埋められ、不発弾も多く残っています。推定で400万個から600万個。しかもどこに埋めたかという記録がほとんど残っていません。

これまでの約30年間で発見・破壊された対人地雷は、約120万個。つまり、まだ4分の3ほどが地中に眠ったままだということです。
数字だけ聞いても、私にはうまく想像ができませんでしたが、それが実際にどういうことなのか、現場に立って初めて分かりました。

「地雷注意」の警告表示板(赤い髑髏マークのもの)

1日に数メートル。地雷を除去するということ

連れて行っていただいた場所は、ちょうど2026年7月末に対戦車地雷が発見されたところでした。地雷の探知や撤去作業を行うデマイナー(地雷探知員)の方々は、そこに泊まり込みで処理を続けていらっしゃいました。
ルールと教育を徹底して、決められたステップを一つずつ踏みながら進めていきます。1メートルほどの安全確保エリアを作りながら、金属探知機をもって少しずつ前へ、前へ。

途中、生命線である金属探知機が機能しているかどうかも確かめながらの作業です。

1日に進める距離は、作業員お一人あたりわずか数メートル。気の遠くなるような、根気と体力を要する作業です。私が目にしていたのは、この地道な積み重ねが30年以上続いてきた、その先端の部分だったのだと思います。

高山さんたちと共に、地雷処理作業の現場へ。防護服・探知機を使い地雷を見つけます。

見つかったのは対戦車地雷なので、人の重さでは爆発しません。ただ、その場所はタピオカの原料になるキャッサバ畑のど真ん中でした。収穫のためにトラクターが通り、多くの積み荷でタイヤがちょうど沈み込んだところに当たれば、大惨事になるところだそうです。

視察している間も、遠くの畑からトラクターの音が聞こえていました。そこはまだ安全が確保されていない場所だと聞きました。

生きていくため、食べていくためには、安全確保を何十年も待っていては、畑で作物を作ることもできません。生死をかけてリスクを負っている人たちがいる。そういう現場を見ると、胸が苦しくなりました。

この地域の方々の暮らしは十分とは言えず、月の収入は100ドル以下だそうです。そして地雷除去に携わっているデマイナーの方々の多くは、ご自身のご家族が地雷被害に遭われた方でした。

過去には7名の尊い命が失われた地雷処理事故があったこともあり、一時はどなたも活動に戻ってきてくれないのではないかと思ったこともあったそうです。けれど、そんな大きな悲しみも乗り越え、20年前の活動開始当初から、ずっと続けていらっしゃる方もおられます。またその方の息子さんもデマイナーとして活動していると聞き、胸が熱くなりました。

地雷原で出会ったヘン・ラーンさんは、自信と誇りをもって子どもに伝え、この仕事に携わっていらっしゃいます。

「戦争がないだけで、幸せ」

タサエンを訪れてから、カンボジアで何が起こったのか、もっと知りたいと思うようになりました。

ここに暮らす約50歳以上の方々の多くは内戦に巻き込まれ、元ポル・ポト軍の兵士だった方もいらっしゃるそうです。
厳しい歴史の波に飲まれ、多くの命が失われる悲劇を、目の当たりにしてきた人たちです。
当時の人口800万人のうち、およそ2割にあたる人々の命がなくなりました。しかもその多くは教師、技術者、医師といった、知識と技術を持つ人たち。そして本人だけでなく、家族ごと、子どもも女性も関係なく命を奪われました。

さらに、戦場に駆り出された兵士の中には、10歳前後の幼い子どもたちも含まれていたといいます。

あんなに柔和で、穏やかに見えるカンボジアの人たちの中に、たった一人のリーダーシップによってそんな過去があったなんて、私には信じられませんでした。
その方々が、今言っていること。

「戦争がないだけで幸せ。服があるだけで幸せ。食べ物があるだけで幸せ。仕事があるだけで幸せ。五体満足なだけで幸せ」

壮絶な過去を経験してきたからこそ分かる、幸せのかたち。
それを聞いてから、私はずっと「幸せとは何だろう」と考えるようになりました。

音楽を教える先生が、いない

あの悲しい歴史の爪痕は、今の人口構成にもはっきりと表れています。

極端に人数が少ない年代があるのです。特に現在の60代から70代。知識人が集中的に狙われたため、その世代が丸ごと欠けてしまいました。

だから、音楽家がいません。教える先生がいません。いても、とても若い。

黒板屋として、そして教育に関わる会社の一員として、この話は本当に重く響きました。教える人がいなければ、教育は続いていきません。私たちが日本で当たり前のように「先生」と呼んでいる存在が、一つの世代からまるごと失われてしまうということの意味を、初めて実感しました。受け継がれることなく国の文化が失われていくのは、とても悲しいことです。

村でお世話になった市役所のソップンさんは、もしかするとご経験のある方かもしれません。次に訪れたときには、お話をうかがってみたいと思っています。

そして今、戦争を知らない子どもたちも、確かにそこにいます。

ベッチェンダー高校の理科の教室で

もう一つ、忘れられない時間がありました。

同じ時期にタサエンの宿舎を訪れていた、日本で現役の理科の先生が高校で授業をされるということで、同行させていただいたのです。訪れたのは、ベッチェンダー高校。

授業は、電導コイルを使って磁石をつくる実験でした。3本の指を使ってフレミングの法則を習うときにやる、あの懐かしい実験です。
生徒さんたちは目を輝かせながら、一人ひとつずつ丁寧に作っていました。あー、懐かしいな、と思って見ていました。

ところが授業が終わったあと、先生がぽつりとおっしゃいました。

「今の日本の中学生は、これを作れないんです」

コイルが熱を持ち、安全性が確保できないため、現在は動画で学習することも多いそうです。しかも、カンボジアの生徒さんのような手先の器用さも今の日本の子どもたちにはなく、磁石がうまくできないのだと。
鉄が磁石になる瞬間が分かる、あのわくわくした感覚は、動画では学べません。

その日はもう一つ、透明の水溶液を並べて何性かを調べる実験も行われました。これも日本では、香りが強すぎて体調を崩す生徒さんがいたり、逆に何も匂わず危険だったりするため、動画視聴で学習をすることもあるのだとか。

あの鼻にツンとくるアンモニアやハイターの匂いは、安全面を考慮してNG。
中性・酸性・アルカリ性を自分の鼻で確かめる、あの五感を使った感覚が、今の日本の子どもたちには届いていないこともある気がします。コンプライアンスは仕方のない部分もあると分かっています。それでも、それぞれを体験してきた私にとっては、少し切ない話でした。

危険なものをただ遠ざけるのではなく、子ども自身が危険との付き合い方を学べるよう、横で見守りながら導いていくことも大切ではないでしょうか。多忙を極める学校現場において、教員個人の常時監視に頼らない仕組みもまた必要だと思います。

日本の教育水準の高さと素晴らしさは、疑いようがありません。でも、失っているものもある。五感で感じるカンボジアの教室には、日本が手放しそうなものがまだ残っていました。
そして、先生も生き生きとしているように見えました。

靴を揃えること、ごみを拾うこと

授業に一緒に参加した私の娘は、通訳のミエンさんの娘さんのナナちゃんと、いつのまにか仲良くなっていました。言葉は通じないので、意思疎通はジェスチャーのみ。それでも二人は、煩雑に脱ぎ散らかされた靴を見つけると、並べ始めました。

その後、中庭へ歩いていく途中、無数のお菓子のごみやペットボトルが落ちていました。二人が少しずつ拾っていくと、あっという間に両手いっぱいになりました。

小さな子どもたちがごみを拾っているのを見て、授業を終えた生徒さんたちが近づいてきました。

最初は、ただ二人を見ているだけでした。けれど集めたごみをどうしようか困っていると、一人がバケツを持ってきてくれました。次の子がほうきを持ってきました。そして最後には、何人もの生徒さんたちが一緒になって、中庭のごみを拾ってくれていたのです。

ごみを捨てているという感覚もなく、ポイとしてしまうカンボジアの人たち。ごみがあると気持ち悪い、と感じる日本人。

人としてのベースになる部分が、カンボジアではまだ教育の根っことして行き届いていないのだと、高山さんはおっしゃいます。そして逆に言えば、靴を揃える、ごみはゴミ箱に捨てる、拾う ── そういう当たり前のことを、私たちは日本の学校や家庭で教えてもらってきたのだな、と気づかされました。

当たり前は、当たり前じゃなかった

帰りの道中、私はずっと考えていました。日本人はなんて恵まれているのだろう、と。そしてそれが当たり前ではないことが、心から分かりました。

トイレの水が流れること。郵便が届くこと。ごみの収集が来ること。清潔な環境で暮らせること。蛇口をひねれば水が出ること。お湯が出ること。戦争を心配せず眠れること。

一つひとつ、誰かが積み上げてくれた仕組みの上に成り立っています。
私自身を含めて、日本人はもっと日常に感謝しなくてはいけないと思いました。

でもカンボジアの人たちはとても幸せそうで、カンボジアという国に誇りを持っています。

モノの豊かさは決して十分とは言えなくても、心の豊かさや人との繋がりに満たされているカンボジアの人々。一方で、すでに十分すぎるほど環境が整っているにもかかわらず、まだ足りないと、さらなる利便性や豊かさを追い求めてしまう私たち日本の社会。

どちらが正しいという話ではないと思います。ただ、私が「豊かさ」と信じていたものは、この旅で少し形を変えた気がします。

おわりに ─ 点が、線になり、円になる

実は、先ほどのベッチェンダー高校でごみ拾いをしているときに、話しかけてくれた笑顔の素敵な女の子がいました。

英語がとても上手で、会話がはずみました。話を聞いていくうちに、出身は17キロ離れたサマキ村で、いまは寮に住んでいるということが分かりました。そして、サマキ・サカワ小学校も知っている、と。

とても運命的なものを感じました。

将来の夢を聞くと、「ドクターになりたい」と、まっすぐな目で答えてくれました。

ベッチェンダー高校の女の子(写真右)と一枚

この出会いが、旅のあいだずっと考えていたことを、一つの形にしてくれた気がします。

高山さんの活動は、地雷を一つ除去するという「点」から始まりました。その点が増えて安全な土地が広がり、畑ができ、収穫が増えていく。点がつながって「線」になっていきます。そして人が増え、子どもたちが学校に通い、その先で国が発展していく。線はやがて閉じて、「円」になる。

地雷を除去し、畑を耕し、学校をつくり、子どもたちが学ぶ。その先に、医師を志す若者が育っていく。この一連の流れそのものが「幸せの循環」なのだと、私はまさにこの目で見た気がしました。

そしてその輪の中に、18年前に私たちが寄付した学校も、確かに組み込まれていたのです。

そして、別れの日が来ました。

タサエンを発つ日のことを、私はきっと忘れないと思います。見送りに出てくださったみなさんを背に、車に乗り込みました。動き出しても、私は車窓からいつまでも手を振っていました。だんだん小さくなっていく宿舎と皆さんを見ていると、名残惜しさがこみ上げて、それをどう飲み込んだらいいのか分かりませんでした。

気づけば、涙がほろりとこぼれていました。

数日間だけの滞在でした。それなのに、あの宿舎はどうしてあんなに温かかったのでしょう。並んで食事をし会話を楽しんだ場所、カラフルな蚊帳、ミエンさんのご家族、レモングラスの匂い。たくさんのワンコたち。ここで暮らす方々の何気ない笑顔を、私は今も懐かしく思い出します。

そして、思うのです。あのとき、私は幸せだった、と。

タサエン宿舎でのひととき

祖母がこの地に託した思いを、時代を超えて令和のいま、こうしてつなぐことができました。そのこと自体に、とても大きな意味があったようで、うれしく思っています。この歩みを絶やさないよう、これからも続けていきます。

校舎の修復や地雷撤去には、まだまだ時間がかかりそうです。だからこそ、しっかりと見ていきたいと思います。そして修復が叶ったときには、また必ず懐かしい皆と、あの黒板に会いに行きます。

幸せとは、何だろう。

この旅で受け取った問いに、私はまだ答えを出せていません。でも、答えを探し続けること自体が、私にとっての「幸せの循環」の始まりなのかもしれません。

お世話になった現地の方々と

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

【関連記事】

◆前編
地雷原の隣にある教室で ─ カンボジア訪問記 前編:サマキ・サカワ小学校 訪問編

◆「愛媛新聞」に今回の訪問に関する高山さんの連載記事が掲載されました。
『ぐるっと地球 カンボジアto愛媛 思いをつなぐ』2026年8月24日付愛媛新聞

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